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 「河野洋子所蔵写真」(5) 92
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 お預かりした「河野洋子所蔵写真」は、今回の2枚で一先ず終わりになる。先生が所蔵されているお宝は、また改めてゆっくり眺めさせていただく機会もあるであろう。
 以下の写真はいずれも、剥がれたり欠けたところもあったりしているが、先生のご自宅でご一緒できた近藤良子さんと宮本牧子さんが加わって、写真の中のお顔を指差しながらお名前を特定し、時を忘れて賑やかに話が弾んだ。過去の回想をともにできる機会は得がたい経験である。お互いのいまを息づかせ、まことに愉快なものであった。美味しいご馳走と、見晴らしの素敵なご自宅の雰囲気も、私には特別に有難くありました。


 写真1

 剥がれているところがあって判りにくいが、これは長田区四番町にあったイエス団の「天隣館」1階のようである。賀川梅子さんが関西学院を卒業され、米国へ留学される時の送別会の記念写真だそうである。
撮影年月日は判らないが、前列中央が梅子さん。その右は植野博市さん(数年前、ご病気で逝去された)。幾度も紹介してきた斎木進之助・ミツル御夫妻とお嬢さんも写っている。

 後列の右端は大岸坦弥(ひろや)さん、二人目が船寺晃世さん、3人目が河野先生の妹・倭子(しずこ)さん、その横(梅子さんの後ろ)は河野洋子さん、首だけ写っているのが近藤良子さん、次の男性が播磨醇さん(長期にわたりハンセン病療養所の現場で牧師として働いておられる方)、そしてその隣が中野とよのさんで、右端に写る大岸さんとその後結婚された。

 戦後この「天隣館」は神戸市立長田保育所として利用され、斉木・河野・中野の諸先生がそこでご活躍のころ、梅子さんはじめ関西学院大学の学生たちが、ここでの日曜学校や教会の礼拝に熱心に参加されていたようである。

 そしてこのメンバーはその後も毎年お正月に、斉木さんの自宅に集まり交流を重ねてこられた。1993年に斎木さんがお亡くなりになったあとも、大岸坦弥・とよの御夫妻の三木市のご自宅で、その交流は継続しているという。その折々の記念写真も、河野先生のご自宅に残されている。


 写真2

 この写真は、本サイトの85回目(武内アルバムB)で紹介したが、戦後再建された神戸イエス団教会である。背景の3本の縦帯のようなものは、何を意味していたのかわからないが、緑色であったそうである。
 写真1で名前を上げた人たちも、揃ってここに写っている。
 賀川先生を含む60名ほどのお顔の特定をしていただいた。



 ところで、写真1の賀川梅子さん(結婚されて籾井梅子さん)は、米国に在住であるが、今回の「賀川献身100年式典」に出席のため帰国され、去る12月17日には神戸市内において、「天隣館」で交わりのあった懐かしい人たちと共に、楽しい懇親の時をもたれたようである。

 同じ日の午前10時にオープンした神戸文学館の「賀川豊彦と文学」特別企画展には、籾井梅子さんのご家族と賀川督明さんが会場にお見えになり、山本幹夫館長と学芸員の義根益美さんと、そして私も加わり、よく仕上げられた展示を観ながら、親しくお話を伺うことができた。
 今回の展示は、賀川の明治学院での同級生でダンテ研究家として知られる中山昌樹への書簡や武内勝宛の書簡や絵葉書なども初公開されていて、嬉しい内容になっている。この企画展は、3月22日までの開催である。
 文学館から、その時の写真をお送りいただいたので、梅子さんと督明さん、梅子さんと鳥飼の写真を記念に収めさせていただく。



 次回からは、河野先生のご紹介で、写真1にあげた「一粒園保育所」の大岸夫妻との出会いが実現したので、そこでお預かりしたアルバムから少し紹介できればと考えている。
                (2009年12月21日記す。鳥飼慶陽)



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