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 「河野洋子所蔵写真」から(1) 88
お宝発見

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一粒の麦は生きている


  「Think Kagawa!」
  「賀川豊彦って誰?」
  「賀川資料館の雑芸員日誌」

 本年春から武内氏所蔵資料の閲読を許され、伴武澄氏のお勧めと御厚意で、「お宝発見」をここまで継続することができた。まだすべてが終わったわけではないが、ひとつの区切りの時を迎えているので、この間、思いがけず数名の方々お出会いし、大切にされている古い写真など拝見する機会もあったので、この機会に感謝の思いをこめて、それらを少しでも紹介しておきたいと思う。

 特に、その時の皆さんの回想のお話が面白いのであるが、それらはまた然るべき機会が設けられ、直接そこで御一緒にお聴きできるときもあるはずで、その日を楽しみに残して、早速その作業を進めてみたい。

 今回から数回は、神戸イエス団教会の河野洋子さんのご自宅をお訪ねして、お預かりした資料と写真である。(震災のあと、神戸ポートアイランドにお住まいで、2009年9月8日午前10前から午後3時過ぎまでの長時間お邪魔してしまった。お昼の食事まで戴き、同教会の宮本牧子さんと近藤良子さんに声をかけて同席され、5時間あまりの時はあっという間であった。)

 第1回目は、賀川豊彦が、東京・雲柱社から、昭和26年9月6日に明石の郵便局の受領消印が残り、表に「至急」と書かれた速達便が、「兵庫県明石市西明石大池 イエス団 河野仁様」宛に送られた封筒のことである。

 この封筒には、中身がない。その次第を少しくメモ書きしておく。
 
 河野仁さんは洋子さんのお父様で、母・しずこさんと共にイエス団教会のメンバーであった。(次回以降に写真で見ていただく)
 河野氏は徳島の出身で、北村徳太郎のご縁とかで戦前NHKで働かれたが、戦時下中国・南京で黒田四郎牧師と過ごす。敗戦後昭和22年引き上げ、西明石にあったイエス団の広い土地の管理をまかされる。数年後、賀川の親友阪本勝が尼崎市長のとき、尼崎市立の障害者施設や厚生館の責任を担う。
 洋子さんのお話によれば、賀川のこの書簡の中身は、賀川が戦後、徳島に教会を建設するために、熱心に土地を探していたが、その目途がつき、すぐにその土地を買うように促しているものだったらしい。
 そうして立てられた教会が、徳島の「石井教会」なのだそうである。
 洋子さんが、後に記念のため中身だけを石井教会に送り、現在はこの封筒だけがこちら残されている。とりあえずこれは、新しく完成した賀川記念館の「賀川ミュージアム」に保管されるが、石井教会で中身と共に保管されるのが良いかも知れない。

                (2009年12月10日記す。鳥飼慶陽)



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