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懸賞論文
 「武内祐一所蔵アルバムB」から(5) 81
お宝発見

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 梅村貞造先生によれば、武内勝氏一家が「一麦寮」に移り住むのは昭和9年3月で、武内夫妻の長男・美邦ちゃんが5歳の時だとメモ書きしていただいている。今回発見された「玉手箱」に収められていた「お宝」の賀川夫妻の書簡のなかで「一麦寮」の武内夫妻に宛てて送られた43通ほどの書簡は、昭和10年11月から敗戦後の昭和22年まで続いている。因みに、昭和23年12月から昭和31年10月までの武内夫妻あての28通余りの書簡は「神戸市御影町郡家宇殿7−1」になっている。

 ところで「アルバムB」の今回取り出す写真4枚は、アルバムに貼られた順に並べてみるが、梅村先生によれば、はじめの2枚は「美邦君の大きさから推定して昭和9年〜10年ごろ?」、そして次の2枚は「彼は3〜4歳くらいかと思われるので一麦以前ではないか?」とコメントしていただいている。したがって、アルバムの写真は年代順とは限らないということである。


 写真1

 一麦寮。昭和9〜10年ごろ? 前列左3人目が武内雪さん、その横が美邦ちゃん。後列左端が武内勝さん。前にいる犬は芝八重さんの愛犬。


 写真2


 一麦寮前の神社の境内で。昭和9年〜10年頃。椿の木があった。


 写真3

 場所がわからない。武内勝さんは2列目の右から4人目。雪さんは前列左から3人目で美邦ちゃんが抱かれている。


 写真4

 昭和初期の「武内勝日記」で書かれていた宇都宮米一氏一家のブラジル移民で神戸港を旅立つ、その時のものかどうか。ブラジルの旗を持つ人もある。左端に武内夫妻と美邦ちゃんが写っている。

  (2009年12月1日記す。鳥飼慶陽)



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