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 「武内祐一所蔵アルバムB」から(3) 79
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 前回は「アルバムB」にある「神戸イエス団夏季林間学校」の写真と共に、「雲の柱」昭和4年9月号と昭和5年8月号の記事を取り出してみた。
 ところで、次の昭和5年9月号を見ると、この夏に取り組まれた林間学校の記録が見開きで、いきいきと綴られて記録が掲載されている。このレポートは、女性スタッフの文章のようである。
 それで今回は、「アルバムB」の写真ではないが、内容的には前回の続きとして、その見開きの記事を全文書き出しておく。写真は、この記事の中のもので、鮮明さに欠けているが、拡大して掲載してみる。



          瓦 木 村 だ よ り
            神戸イエス団林間学校

 「まるで何かお伽噺にある事みたいだわ。何でも欲しいと言えば出て来る様な気がするわ。これが昨日迄の屋根裏部屋なのかしら。私もあの汚いセエラだとは思へない位だわ。私は今、お伽噺の中に住んでるんだわ。」
 小公女の物語其の儘の夢の国が、細民街の児童の為に展開されました。
 棟割長屋は消えて、見晴るかす青田となり、むせかえる熱気は、さはやかな涼風と変わって、恵まれぬ子供達を育んでくれる愛の住家が、武庫川邊りに生まれました。
 
 朝は既に六時の起床合図を待たず、睡眠不足の先生達を悩ます事は烏雀の比でなく、身支度もそこそこに露深い鎮守の森に、朝拝及び体操をしに行きます。
 帰れば七時半、朝食、備へられた箸を取って、茶碗の縁で拍子を叩く。
 「天のおとっさん、マンマが食べたい」・・洪笑・・苦笑・・
 先生の感謝を待って取り上げる箸の運びの早さ、たちまちにお代わりお代わりが連発される。茶碗が飛ぶ、汁椀が走る。給仕の人々の目が廻る・・・。

 楽しい聖書の時間、毎日の学課復習は、先生に助けて戴いて、それが済めば、或は図書・習字・作文・自然科学の話と、其の日其の日の科目を与へられます。
 新しいクレヨンを手にした子の嬉しそうな顔! 奔放な線が無数に書き並べられる・・・かくて昼、一時から三時すぎ迄は、毎日武庫川又は池へ水泳に行きます。炎天に、熱砂に、おしげもなく肌をさらしてたわむれる子供達! 其の黒く染まって行く皮膚の下に、たのもしい日本児童の血が高鳴ってゐる様な!

 家には其の頃、甘いおやつが準備されて、皆の帰りを待ちわびてゐます。ほんがり鼻を擽るお汁粉の匂ひ、赤い西瓜の誘惑、湯気のホカホカした薩摩芋、思ふさえ家路への足取りは軽い。早い。
 つくろいで一日を塵埃と汗と疲れをすっくりお湯に流す心地よさ。
 「お前これ、何て名か知ってるか?」一人がお菜を指して言ふ。
 「知ってら、カツやないか!」嬉しさうな顔が見かはされるのです。

 すき腹がおいしい食事で満たされる頃、静かな夕陽は紅の余光を西の空に残しつつ、六甲山の彼方に沈まうとしてゐます。名残を追ふて丘に上る、一日をさわぎ廻った子達もさすが心静められて、落ち着いた気持ちの中に、一日の感謝を神に捧げるのであります。

 夜はお話会、活動写真或は団体遊戯に打興じます。
 時計が九時をまわる頃、床の用意がされるとは言え、喜びに興奮した神経はなかなかに静まろうとはしません。口が動く、手が動く。そして先生の注意を受けること幾度、室の灯がポッチリと唯一つともし残される時には、虫の音のみしげく、それにからまってかすかな寝息が感ぜられるのみです。
 昼の喧嘩も、戯れも、総てを忘れて、ひたすらに眠りをむさぼってゐるのでせう。ピチピチした発育期の細胞が、洪水の様に疲労を押水しながら。かくして又元気に翌日の活動に入るのであります。

 何と楽しい生活でせうか。
 其の中一日は甲子園に行って泳いだり、活動写真を見たりして遊びます。
 去る十七日には明石へ遠足致しました。一行百八十名余り。三宮から汽車で出発、明石公園で一休み、熊野先生の御話に一同稀らしいおとなしさで耳をかたむけました。中食は用意された汽車弁当に、明石市役所の御厚意で小学校を貸して戴き、ラムネ・お煎餅の饗応に興りました。
 美しい海で泳ぐ事、西瓜のうばひ合い、子供達にとって、忘れやうとして忘れられぬ嬉しさでせう。ですから「来年もね、先生!」と手にぶらさがりながら頼むのです。喜びの土産話、或は又いただいたお弁当をたづさえて、新川へと帰ったのが五時過ぎでした。

 「ぜんたい誰が私達をこんなに幸福にしてくれるのでせうか?・・訊くのはよしませうよ。私知らないでゐた方が良いと思ふは。でも其の誰かに「ありがとう?」とだけ言いたいわ。」多くの子供達はかうした感謝を胸に抱いて、六日の生活を終わる時に、心から林間学校万歳を叫ぶのでした。


 写真1

 明石公園にてお話会


 写真2

 校舎に着いた女生徒
 

 
 昭和6年の林間学校も開かれていて、其の報告が「雲の柱」にあるので、次回もこの関連のものとして紹介しておきたい。  (2009年11月27日記す。鳥飼慶陽)



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