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 「アルバムB」の2回目は「神戸イエス団」の「夏季林間学校」関係の写真である。「雲の柱」昭和4年9月号の60頁には「神戸イエス団夏季林間学校」として、次の記事がある。面白いので、この頁を添付し、ここに本文も書き出しておく。添付資料の上の写真は、武庫川で「神戸イエス団」と書かれたテントが張られていることが判る。下の写真は、熱中してみな絵を描いている。
 記事の本文は次の通り。



 焼けつくやうな暑さと煤煙に棟割長屋に苦しむ児童も、神の与へ給ふた自然の中に放たれて、小鳥のやうに青々とした武庫川のほとりをはね回って、与へられた日課のもとに一日を送って居ります。一期を十五名として、この夏には四回同様なことを繰り返すのであります。
 幸いに賀川先生宅を解放され、食事より寝起きの一切を引き受けて下さいますので、非常に感謝してゐる次第であります。
 殊に本年も計画いたしました通り、皆様の御同情と御援助によりまして、予定通り進行の出来る事を感謝してゐるのであります。
 明石旅行も賀川慶喜氏の御尽力により、海上より美しい丘上を眺めつつ、凱歌を奏して上陸、明石市役所の厚意によりラムネとお菓子の饗応に接し、一行百八十余名は水泳をして、海上を再度元気で帰神いたしました。


 日課

 午前6時 起床、洗面、寝具の整理
 午前6時30分〜7時20分 朝拝及び体操
 午前7時30分〜8時 朝食
 午前8時 武庫川天幕又は鎮守の森行き
 午前8時20分〜9時 聖書講話
 午前9時20分〜10時20分 学課の復習指導
 午前10時30分〜11時30分 自然科学、自由画、作文、採集、団体運動等
 午前11時30分 帰宅
 正午〜午後1時 昼食、自由
 午後1時〜4時 武庫川又はプールにて水泳
 午後4時30分〜5時30分 入浴
 午後6時 夕食
 午後6時20分〜7時 夕べの讃美(六甲山脈に沈み行く太陽を眺めつつ丘の上で)
 午後7時30分〜9時 お歌と童話、幻燈会、親睦会等
 午後9時 就床  



 この林間学校は泊り込みで何泊であったのかはこれでは判らないが、「4回同様なことを繰り返す」というから大掛かりな企画である。また「明石旅行」もナント180名以上の参加者が明石海岸で水泳をするというもので、しかも神戸から船に乗って往復するということであるから、これも驚きである。

 また「雲の柱」昭和5年8月号にも「神戸イエス団」の林間学校の計画が載せられている。これも貴重な資料であるので、参考までに添付をして、記事の本文も取り出しておきたい。



  ドン底の子供に日光を浴せしめよ 葺合新川児童の林間学校

 神戸市葺合区新川の細民街の小学校の調査に依れば、現に千八百有余の児童が居りその中、4割以上は貧困と窮乏のために、市当局より授業料の免除、学用品の給与、生活費補助を受けて居るものが居る。現に日本一の集団貧民窟で、今だ学齢児童に達せざるものも数多く、あの狭苦しい路地と薄暗き二畳、三畳敷と云ふ空気の濁った家にうようよして居るのであります。煤煙と塵の中に炎暑と戦わねばならぬ彼等を思ふと、涙は自然にこぼれるのであります。かかる環境と周囲の状況からして、精神的にも物質的のも恵まれず、知らず知らずの間に不良少年の仲間入りをして、一生を無益に終わるのであります。放漫な生活を送って居る児童の為に、数日間なりとも六甲山麓武庫川のほとりの大自然に懐かれつつ、土に親しみ、水と交わりて、家庭生活を中心とした小さき林間学校のために、多大の御援助を乞ひ、諸兄姉の御同情に訴へるのであります。

 期間 8月1日〜8月30日
 場所 武庫郡瓦木村武庫川原
 人員 60名(一期15名宛)
 年齢 尋常小学校3年生〜6年生 9歳〜13歳
 設備 賀川氏宅利用 宿舎天幕水泳場等
 学課 学課の復習指導 自然科学講話、体操、音楽、
     手工、聖書講話等
 校長 賀川豊彦 職員専任教師数名 
 経費 六百円


 写真1

 梅村貞造先生のコメントでは、ここはまさしく当時の「武庫川のほとり」である。
「賀川豊彦写真集」110頁には、「神戸イエス団夏季林間学校」の写真が3枚残されている。これと同じ時に写された写真と見られるものが1枚と、14名の児童たちが、杉山健一郎ほか大人のリーダーたちと共に写されたものと、そして30人あまりが六甲山にのぼりテントを張って行った「林間学校」の写真である。これを見ると「武庫川」「明石」の他にも出向いて「林間学校」は開催されたようである。


 写真2

 水泳の前の体操であろうか。フンドシの子どもたちも多いが、中にはパンツもない子どもいる。みなしっかりと体操」をしているが、この頃の体操はどんなものだったのであろう? 


 写真3

 40人ほどの子どもたちが お皿に山盛りのご飯をいただく前、感謝の祈りをしている。7名ほどの女性スタッフの手作りの食卓である。参加者の殆どが男の子であるが、数名の女の子も見える。梅村先生のメモには「一麦の北側の部屋」とある。



 なお、この「林間学校」については、昭和4年、5年の報告に続いて昭和6年、7年にも取り組まれていることが「雲の柱」の記事で知ることができる。 (2009年11月25日記す。鳥飼慶陽)




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