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 賀川の北米への最後の旅先から(1954年)
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 前回取り出した賀川の絵葉書は、1953(昭和28)年のブラジル伝道の旅先からのものであった。翌年8月15日から8月31日までEvanstonで開催の第2回世界キリスト教会議に賀川は招待された。
 7月1日羽田空港を出発し、10月20日に帰国したおよそ4カ月間の旅は、60歳半ばの彼にとって、北米への最後の旅となった。今回の旅も、目的の会議への参加以外に、多忙なスケジュールが組まれるなか、期待に応えて奮闘する。(その詳細は「人物書誌大系37」所収「年譜」654頁〜656頁並びに「賀川豊彦伝」警醒社版524頁〜527頁参照)。
 今回の書簡は「簡易封筒」に書かれた航空便で、旅の終わりに近い10月16日付けのLosAngelesからのものである。
 宛先は「神戸市生田区布引町1丁目 神戸協同牛乳会社 武内勝様」



 文面は以下のとおり。賀川の心積もりが達成できなかったことを、武内に洩らした短いものである。

 武内勝兄
米国の旅行もあと五日間になりました。日本の反米運動が祟り、日本の為めの献金も少ないので、今度は、米国内の教化運動に力を入れました。それで、殆ど、日本の貧民窟及び農村の為めの会堂建築資金らしいものは集まりませんでした。で、この場合、神戸・西宮に積極的な建築をしたいと思ったですが、中止せねばならないと思れます。
 
米国では牛乳があまり、外国にバターを売りに出てゐますから、日本のバターも安くなるでせう。ですから、『神戸協同牛乳』も良く考えて、手堅く、業務を進めてください。世界全体に牛乳過剰だそうです。だが、日本では足りませぬから、あまり、「布引町」に集中しないで、分散主義を取って下さい。

十月廿四日頃には東京羽田飛行場につく予定に致しております。

 毎日、『宇宙目的論』の研究を、旅行中もつづけてゐます。早く書き上げたいです。
色々、神戸イエス団のことも御世話になります。消費組合のことも心配してゐます。
天父にある恩寵を愛兄の上に祈りつつ 
        賀川豊彦
  一九五四・一〇・十六



 この書簡は「神戸協同牛乳会社 武内勝様」宛であり、書簡の後半部分で賀川は、武内がそこの社長の大任を背負い、経営的にも苦労を重ねたといわれる「神戸協同牛乳」のことに触れている。この書簡が書かれた後も賀川は、困難を極めた「神戸協同牛乳」の運営に言及する数通の書簡を書き残しているが、この事業の全容に就いてまだ、適切なコメントを加える準備ができていないので、それらの書簡の公開はいま控えさせていただく。

 そして書簡の末尾で、「早く書き上げたい」と記す『宇宙目的論』は、周知の如く賀川豊彦の若き日からのライフワークとして思索を深めてきたものであるが、愈々完成の時を迎えており、賀川はこの旅先にあってもその執筆に打ち込んでいた事が判る。
この著作が刊行されたのは、この書簡の4年後(1958年3月)ことである。書名を『宇宙の目的 Purpose of Universe』と改め、毎日新聞社から出版した。添付の写真は、東京・富士見町教会を会場にして「賀川豊彦先生『宇宙の目的』出版記念祝賀会」に出席した人々が、賀川夫妻を囲んで参集したときのものである。「賀川豊彦写真集」に収められている。

 因みに、賀川は『宇宙の目的』の最終章「宇宙悪とその救済」、その結びの言葉を取り出しておく。

「宇宙に目的ありと発見した以上、目的を付与した絶対意志に、これから後の発展を委託すべきだと思う。さればといって、なげやりにせよという意味ではない。私は、人間の意識の目ざめるままに、すべてを切り開いていく苦闘そのものに、超越的宇宙意志の加勢のあることを見出すべきであると思う。」(365頁)(2009年10月27日記す。鳥飼慶陽)



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