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 豊彦が眼病のため視力を失うのは度々であった。今回取り出す1926(大正15)年6月19日付けの書簡を認めた時も、同年3月半ばから眼科への長期入院治療を強いられた後であった。目の不自由な中、賀川は新しい作品を口述筆記で仕上げている。「秋に出す書物を二冊書いております」とあるのは、名著2冊「魂の彫刻」(文化生活研究会)と「暗中隻語」(春秋社)の事であろう。
 また、「イエス団代理部」をつくり利益を得て、家賃に当てようとした「賀川服」は、大阪の消費組合共益社が大正10年に「夏服一着一円五十銭、コール天の冬服一着七円五十銭」で売り出して好評を博し、この頃も「毎月六千着近く売れて、共益社の危機を救った」といわれるヒット商品である。
 「東京市本所区松倉町二丁目六二 賀川豊彦」と印刷された封書で、「神戸市東遊園地 労働職業紹介所 武内勝様」宛てに差し出されている。



 「賀川原稿用紙」に2枚ずつ2通が収められている。
一通は代筆である。この時の口述者は山路英世と吉本健子の二人であった。
代筆本文は、


 武内勝様 侍史
 前略御赦し下さい。
 扨て、神戸消費組合に貸してあった五百円が貰えるそうでありますから、それを資本にして、イエス団代理部を作り、歌さんの名義にしてでも、鑑札を受け、賀川服と賀川靴などを売り、その利益を持って、イエス団の家賃また長田の診療所などの家賃などを支払ふ様にして下さい。私は九月の末頃また神戸に行きたいと思って居ります。視力は恢復しませんが、悪い方ではありません。東京で、眼球に酸素注射を試みて見たいと思って居ります。唯今は筆記して貰って、秋に出す書物を二冊書いて居ります。イエス団の皆様に宜敷お伝え下さい。
主にありて               アーメン       賀川豊彦
 乱れ書で代筆をお赦し下さい。




もう1通の2枚は、賀川の直筆である。
本文は、


 武田勝様
     侍史
 賀川豊彦
 其後如何でいらっしゃいますか。私は食塩注射を静脈の中に,隔日に行って居ります。御蔭で段々見えて来ると思ひます。医者は血が足らぬのだと云ふて居ります。近い中に約二ヶ月間の予定で海抜四千尺位の高原地方に行き度いと思って居ります。医者がそれを奨めて呉れてゐるのです。
扨、消費組合の組合長の問題ですが、妙になって困って居ります。それで若しも本多君や中山君が困らなければ、私はすっかり神戸消費組合から手を切って了ふ心算で居ります。即ち、理事長と理事両方をやめて仕舞ふつもりです。之に就いて本多君と、中山君の意見を至急きいて、私に知らせて下さいませんか。
私は眼が少し見える様になれば、一寸西下したいと思ってゐるのですが、両方とも殆ど視力が同じなものですから、動くのを心配してゐるのです。奥様にもよろしく。至急ご返事下さい。



 後便の「至急ご返信」を求めている「消費組合の組合長の問題」云々の事についての内情は良くわからないが、賀川が心の内にあるいまの「心算」を、心許せる武内に密かに洩らし「私信」で、賀川はこれを「代筆」とはしなかった。(2009年10月19日記す。鳥飼慶陽)




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