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 今回眺める賀川の武内宛書簡は、豊彦が1936(昭和10)年12月5日、横浜港から秩父丸で米国に向けて出帆し、18日サンフランシスコ入港、翌年6月まで6ヶ月あまりにわたる、「賀川の四度目の渡米」となった旅先から差し出されたものである。

 この旅は米国での長旅を終えた後、さらに続いて同年7月初旬よりヨーロッパに渡り、ノールウエー、スウェーデン、デンマーク、ドイツそのほか、欧州15カ国を歴訪する大旅行となった。(欧州の旅は次回に)

 米国と欧州あわせて10ヶ月あまりにわたる働きを済ませ、日本に帰国したのは10月12日のことである。
 
 米国入国に際して、豊彦はトラホームや肺結核を理由に移民局に2日間拘束されたが、ルーズベルト大統領の特別措置で上陸が許可されたというハプニングのあったこともよく知られているが、前に取り上げた世界的に読者を得ることとなった「Brotherhood Economics」の「初稿は米国に向かう太平洋上で執筆した」(賀川の同書自序)ものであった。

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 賀川豊彦のこの便りは絵葉書ではなく、宿泊先のホテルの封筒と用箋を用いて、1枚の用箋裏表に用件などを記したものである。
 差出 Little Roch, Arkansas のThe Albert Pike Hotelから 
 宛先 兵庫県武庫郡瓦木村高木 武内勝様
 

  武内勝様
            三月二十二日           賀川豊彦

 米国へ来てもう満3ヶ月になります。都会を数十回回りました。数十万人に話しました。この後も数十万人に話をせねばならないでせう。
 留守中色々お世話になります。色々と米国の社会事業を見まして考えさせられて居ります。貴兄も良く考えていて下さい。新川の土地も是非此際買い取ってしまいたいものです。で、下交渉だけはして置いて下さい。また夜学校の先生たちにも適当に御礼をして下さい。また夏の下準備にお忙しいことと存じます。
 米国に来て是非日本でも「生命保険組合」を作らねばならぬことを痛感して居ります。米国の協同組合運動の為に今度はよく努力いたしました。
 私は欧州より印度洋廻りで帰る予定を致して居ります。
 愛隣館のことも気になって居ります。資金が必要ならば何卒春子に言ふて貰って下さい。また愛隣館の為に「農園」を是非手に入れたいと思いますので、明石以西(4字傍点)の何処かの開墾地でも手に入れるよう堀井順次(名前傍点)氏と良く相談して研究して下さい。そうしなければ前科者の精神治療を完全にすることは出来ませぬ。
 私は九月末日頃に神戸に帰りますから、その方面の研究を願っておきます。本多健太郎氏、中山日吉氏とも良く相談しておいて下さい。
 私も今度謝礼を少し貰いますが、これは全国伝道に全部使用したいので、社会事業への金がどれだけ残るか問題ですが、努めて努力します。然し瓦木(傍点)の方の借金(傍点)は全部返却しました。ご安心下さい。もう少し新川の伝道の為にも「新生」を吹き込みたいものです。
 私の協同組合主義に反対もあり、邪聞もありますが、大体は大賛成です。祈り続けています。努力しています。まだ3ヶ月の努力が必要です。生命がけです。良く今日までやれたとも思います。毎日五千人位の話をしています。

 アルカンサス州リトルロックにて


 賀川の「身辺雑記」によれば、船の遅れや移民局での足止めなどあって「プログラムは大番狂わせ」となり、「何しろ、北米全州を廻るので、何十哩を旅行すること」になり、同行の中山昌樹氏が「1月から南加、2月中は北加の巡回伝道を私の代わりにやって下さ」り、「渡り鳥のように廻っています。まるで、日本の神の国運動の時と同じ」であったようである。

 今年(2009年)5月ごろであったか、神戸文学館に中山昌樹氏のご遺族の方がお訪ねになり、中山氏と賀川の間に交わされた多くの書簡類を持参された。私達はそれを手にとって拝見する機会があった。
 そこには、賀川が葺合新川に住み始めた場所から、中山氏へ差し出された古い書簡も含まれる、大変貴重なものばかりであった。
 ダンテ研究者として知られる中山昌樹氏は、賀川とは明治学院時代のクラスメートで、その晩年にいたるまで親しい仲であったようであり、あの貴重な書簡類も、許されるなら機会をつくって、ゆっくりと眺めさせていただきたいものである。

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 今回の渡米のことを記した「身辺雑記」(215頁)には、次のようなメモもある。 
シラキュース大学から、博士号を贈るといって来ましたが、こんどロスアンゼルスで百人の魂を与えられるよう祈っていましたので、博士号より百人の魂が欲しい問いと云って断りました。幸い祈っていた通りの魂がロスアンゼルスで与えられましたが、日本なら、千五百人位の決心者が与えられる程の集会でした。ロスアンゼルスの結氷しかけている魂を呼び返すにはなかなかむつかしゅう御座います。

 そして豊彦のこんなうたも。

  行き濡れて眠れぬ床に祈りつつ
  神の国おば幻に見る

  (2009年7月23日記す。鳥飼慶陽)



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