記念事業概要 スケジュール ニュースレター 神戸プロジェクト 実行委員会 新聞切り抜き 寄付のお願い
賀川豊彦とは 賀川の仲間たち 賀川の時代史 賀川の著作 関連ブログ 問い合わせ
懸賞論文
 賀川春子の武内勝宛書簡
お宝発見

賀川先生の献身の証し
貧民窟主題の小説書きたい
一粒の麦は生きている


  「Think Kagawa!」
  「賀川豊彦って誰?」
  「賀川資料館の雑芸員日誌」

 本年(2009年)5月30日、松沢資料館で「賀川ハル史料集出版講演会」が開催され、三原容子先生の「ハルの幸い、社会の幸い―史料に見る成長と活躍」のお話は、大変好評であったようである。
 ご覧の方も多いと思われるが、この「賀川豊彦献身100年事業オフィシャルサイト」でも案内された「T-KAGAWA PROJECT」で、三原先生の講演録画が公開されていることを教えられ、私もそれをパソコンで拝聴することができ、「賀川ハル」を学ぶ意義深い機会ともなった。

 今回の「賀川ハル史料集」には、ハルの処女作である名品「貧民窟物語」(大正9年)をはじめ「女中奉公と女工生活」(大正12年)「太陽地に落ちず」(昭和22年)「月汝は害わず」(同年)の4冊の小説、ハル日記、ハル書簡、その他貴重な関連史料が収められているようである。

 ハルを取り上げたいくつかの伝記などもここに収められているのかは分からないが、この機会に是非、私にとって未見の「ハル日記」や「書簡」を読んでみたいと楽しみにしている。「ハル日記」は「賀川豊彦と現代」を書き下ろす時、チラッとながめた記憶がある、ずっと手にして読みたいな、と願っていた史料である。

 当初5月刊行予定であったが、版元の緑陰書房の都合で、少し完成の遅れが出ているようである。ともあれ本書の刊行は「賀川豊彦・ハル夫妻」を学ぶ基礎資料となるものである。
 
 「賀川ハル」に関しては、すでに加藤重先生の好著「わが妻恋し―賀川豊彦の妻ハルの生涯」(晩聲社、1999年)が誕生しており、広く読まれてきた。これには巻末に、賀川ハルの「著作の解説」やハルの書き残した詳細な短編作品リストを入れた「著作一覧」、ハルの行った「講演会・演説会」「アメリカ講演日程と演題」、そして豊彦と並べた興味深い「略年表」も収められている。
 もちろんこのたびの「賀川ハル史料集」には、編集に当たられた三原先生の行き届いた解説もあるはずで、期待が一杯である。

      *      *      *      *

 さて、「武内勝史料」には、豊彦の数多くの書簡に併せて「賀川ハルの書簡」も多く残されていた。ここでは、とりあえず次の10通を取り出してみたい。


 昭和15年の書簡


 第1書簡(封書:賀川豊彦用箋2枚)
  差出 東京世田谷区上北澤町2−603 賀川春子
  宛先 兵庫県武庫郡瓦木村高木 一麦寮 武内勝様・御奥様
武内勝様
  御奥様

 一ヶ月に余る永い間御世話になりまして有難う存じました。特に少し健康を害して居りました為一層の御心遣いを頂き、行き届いた御手当てを頂きまして有難う存じます。御親切のほど衷心御礼申し上げます。
 福音学校と両方で実に一方ならぬ御骨折りで御座いました。どうか後の御疲労の御回復を祈って居ります。私共昨夜無事に帰宅致し、今朝は松沢教会の礼拝を致しました。
 昨日西宮の停留所で平沢夫人に主人がお話いたして居りましたが、平沢夫人が一麦寮に居って宮井医師に通ふと申していましたのに対し、主人は福音学校の後で武内夫人も外の者も疲れているので、食事の世話は一麦寮で出来ぬ、泊るだけであればと申しました。奥様の胸に御含み置き下さいませ。
 東京も一寸雪が降りました由ほぼ関西と同様でございます。御寒さの折御子様ご注意くださいませ。先ずは御礼に合せて右まで。
 御祝福を祈ります。

   二月四日                 賀川春子



 第2書簡(封書:書留便:賀川原稿用紙1枚)
  差出 上に同じ
  宛先 上に同じ 
 勝武内様

 常に社会の為御尽し頂き有難き事で御座います。ご健康で御座いませうか。長田の件はいづれ主人が御地に参りまして御面談申し上げる由で御座います。例月の補助二箇所 四拾円を御送り申し上げます。御受取り下さいませ。
 先は右要用迄申します。
  賀川春子
  三月二十五日
 (この封筒は「神戸市葺合区吾妻通5丁目神戸イエス団内 賀川豊彦氏新川改善二十五周年記念事業 代表者 武内勝 神戸イエス団、振替口座大阪57735番」と書かれたものを消して代用されている。「新川改善二十五周年記念事業」の事業内容は何であったのか。未確認)


戦後の書簡


 第1書簡(昭和23年:封書:書留便:2枚)
  差出 上に同じ
  宛先 兵庫県御影町郡家宇殿7−1
武内勝様

 先日は久々にて御宅様を御訪ね致し、奥様にお目にかか里又御近況を承りました。良い御住宅で田畑もお広く誠に理想的なお住まいで結構に存じます。
 御子様の御成長振りを拝見いたし御よろこび申上げます。どんなにか御楽しみのことと存じます。相変わらず御多忙誠にご苦労に存じます。
 イエス団の復興も喜ばしいことで御座います。
 主の御祝福を御祈り申上げます。       

  賀川春子 
  十二月二十日
(この封筒には、賀川豊彦の書簡1枚が入れられている)



 第2書簡(昭和26年:封書:書留便:1枚)
  差出 上に同じ
  宛先 上に同じ
 武内勝様
 主の御聖誕を御祝致します。先日来御請求のありました四貫島の修理費御送金が延引致しました。主人の申付け通り茲に大阪銀行小切手にて金弐萬五千円也を御送り致します。お納め下さい。
 色々と各方面に御面倒を掛けして居ります。宜しく御願い申し上げます。
十二月二十六日  
                     賀川春子


 第3書簡(昭和27年:封書:書留便:1枚)
  差出 東京都世田谷区上北沢2−603 財団法人 雲柱社
  宛先 神戸市東灘区御影宇殿7−1
 武内勝様

 残暑殊の外きびしゅう御座いますが、御健康を御祝い申上げます。只今邦子様御様子如何で御座いませうか。主の御守護を祈り申上げます。
 御手紙に依り金弐拾萬円也銀行小切手にて御送金致しました。御受け取り下さい。主人昨朝帰京致しました。明晩出発致し、二十九日朝八時三十分大阪着で御座います。
                            賀川春子
八月二十七日



 第4書簡(昭和27年:封書:書留便:賀川豊彦用箋1枚)
  差出 前と同じ雲柱社
  宛先 前と同じ
武内勝様

 御健康にて御働きのこと御祝い申上げます。
 ミルク・プラントの為め当月も又銀行小切手にて金弐拾萬円也御送金致します。
 御調査の上にて御入手下さい。用件のみ。
 九月三十日      
                           賀川豊彦

 (豊彦の名前であるがこの書簡は春子の筆跡である)



 第5書簡(昭和27年:封書:書留便:「農林金融」用原稿用紙1枚)
  差出 東京都世田谷区上北沢町2−6−3 賀川豊彦
  宛先 前に同じ
武内勝様

 前略
 御申越しの金?大阪銀行小切手を以って御送金申上げます。
御入手下さい。
 御事業の上に神の御祝福を御祈り致します。
 
十二月一日     
                   賀川春子



 第6書簡(昭和28年:封書:1枚:他に「銀行残高証明書」3通)
  差出 前に同じ
  宛先 前に同じ
武内勝様

 御手紙拝見致しました。御用件の趣旨は承知致し早速預金の証明書を作成致しました。三通御同封申上げます。
 御事業に就いて御苦労の多いことと存じます。よき御仕事の出来ますことをお祈り致します。
健かで御用をはげんで居る様子で御座います。此の上とも御加祈をお願い致します。
   二月二十七日       
                              賀川春子
(残高証明書 普通預金 一金五拾萬壱千五百七拾六円也 住友銀行新宿支店)



 第7書簡(昭和28年:封書:書留便:1枚)
  差出 雲柱社
  宛先 前に同じ
武内勝様
  賀川春子

 前略 御融通金五拾萬円也 御送金申し上げます。御落手の上に一寸請取書を御送り下さい。
 尚、これ迄御手元に送金致して居ります御手当て以外に御所の事業のため御送金致した金子は株券になるので御座いませうか。御伺い致します。御序の 節 御知らせ下さい。
 主人 今朝帰京致しました。

 (日付はないが、消印で昭和28年7月6日と読み取れる)



 第8書簡(日付不明:封書:書留便:調査部原稿用紙1枚)
  差出 東京都世田谷区上北沢町2―603 賀川豊彦
  宛先 前に同じ
武内勝様
  賀川春子

 御書面拝受致しました。
 白倉牧師移転荷持運送料と住宅の修理費 ご請求を頂きました。合計金四萬五千円也と御座いますが、白倉氏に主人より壱萬円と東京にて私が五千円をお渡し致しました故、運送料壱万五千円を差引かせて頂きました。大阪銀行小切手にて参萬円也を御送り致しました。ご調査下さい。
 送金御案内迄申上げます。

 封書に春子の筆跡で「十月十四日」と記されている)



 「賀川ハル」が戸籍上の正式な名前であろうが、この書簡ではすべて「賀川春子」と書かれている。「貧民窟物語」と「女中奉公と女工生活」の著者は「賀川はる子」であるが、「春子」という漢字名がご本人も豊彦も、気に入っていたのであろう。
 上に挙げた書簡を読むとき、その筆遣いに柔らかく暖かな情愛と共にすべての財布を預かる気丈な賢妻振りが伝わってくる。
 豊彦の没後3年、1963年に神戸「葺合新川」に「賀川記念館」が建設され、ここを拠点に活動が展開されてきたが、ただ今、新しい「賀川記念館」が再建工事中である。予定通り本年「献身100年記念」の時には完成する。
 新しい記念館は「賀川豊彦・ハル記念館」と命名するのもいいね、などとひとりごちしている。夫妻は1988(明治21)年生まれの「同い年」というのも面白い。また4ヶ月ほどハルが「年上」というのも。(2009年7月12日記す。鳥飼慶陽)

 



賀川豊彦献身100年記念事業実行委員会
東京プロジェクト 事務局  〒156-0057 東京都世田谷区上北沢3-8-19 賀川豊彦記念 松沢資料館内
神戸プロジェクト 事務局  〒651-0022 神戸市中央区元町通5-1-6 神戸共栄火災ビル7F