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懸賞論文
 第1回掲載の「一粒の麦は生きている」の付録
お宝発見

賀川先生の献身の証し
貧民窟主題の小説書きたい
一粒の麦は生きている


  「Think Kagawa!」
  「賀川豊彦って誰?」
  「賀川資料館の雑芸員日誌」





 本「賀川豊彦のお宝発見」の第1回掲載分は「一粒の麦は生きている」という見出しで書かれた「毎日新聞」の記事であった。賀川の没後3年余りを経た1963年に「神戸の武内勝さん」を取り上げたもので、まるで短編小説と思わせる文章が、「武内勝玉手箱」に残されていた。「武内勝さん」を伝える最高のものとみて、本連載の一番に選び、記事を打ち込んで紹介したのである。

 慣れない連載のスタートで、本来はまず記事をスキャンして、判読困難なところを補充すべきところ、単に文章だけをとりだしてご紹介してしまった。
 気にはなっていたのであるが、実は本日、この記事を書き上げた津田康氏ご本人から、賀川豊彦献身100年記念にも触れて、「青年よ、“うぬぼれ”るべし」というコラム「道標(みちしるべ)」(あしなが育英会「NEWあしながファミリー」第107号2009年6月30号)お送り頂いた。第1回分を補充する意味で、このコラムをそのままここに収めさせて頂くことにしたい。
 津田康氏は、毎日新聞の編集委員をされたり「陽は舞いおどる甲子園」「蔦文也の旅」「くるまろじい」「天保山物語」など多くのヒット作品で知られているが、京都大学法学部時代に村山実と同時期、京大野球部のエースでもあった人で神戸在住のジャーナリストである。

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 後先になるが、毎日新聞の昭和38年6月6日の記事を、以下に収める。判読しにくい部分は、第1回の掲載分をご覧頂きたい。

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 付録の付録であるが、左の記事は、津田康氏の2002年2月12日付けの「新聞及び新聞人」の「随想」欄に寄稿された「<賀川豊彦再発見>を―師走の読書」である。 (2009年7月4日記す。鳥飼慶陽)

 一粒の麦は生きている 50年なお救貧運動
  故賀川氏の遺志ついで 1963年6月6日(毎日新聞夕刊)





賀川豊彦献身100年記念事業実行委員会
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