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 大阪イエス団教会々報 第1号
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賀川先生の献身の証し
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  「Think Kagawa!」
  「賀川豊彦って誰?」
  「賀川資料館の雑芸員日誌」

 「第二の玉手箱」資料番号3−5「武内勝氏の証言」
 「第一玉手箱」(文書資料A−1)に標記のものが含まれていた。「大阪イエス団教会」なるものが1926年(昭和元年)創立というのは初耳である。賀川の新川献身でスタートした「救霊団」は「イエス団」になり、財団法人、社会福祉法人、学校法人の「イエス団」として進展し、現在の「神戸イエス団教会」の名称は、1941年(昭和16年)の日本基督教団成立の時のようである。ともあれ1926年創立の「大阪イエス団教会」のこの「会報1号」の存在には驚かされる。発行者は記されていないが、このとき信徒は11名、牧師はおそらく前年大阪此花区に開設していた「四貫島セツルメント」の吉田源治郎氏であろうか。賀川はこの時、家族と共に東京を離れ、兵庫県武庫郡瓦木村に移り住んで直ぐの頃である。会報に報告されている「西九条青年会館での賀川の伝道講演会」記録は翌年、日曜世界社から「キリスト一代記の話」として刊行され、広く読まれた作品である(「賀川全集」には入っていない)。「会報」は何時まで続き、教会の其の後の進展はどうであったのであろうか。(2009年5月17日記す。鳥飼)
大阪イエス団教会々報 第1号 1926・11・23

 この度、神の御加護の下に大阪イエス団教会が、我々西大阪に於て、新に生まれたる少数の同志に依って創立されました。我々量に於ては極僅少なりと雖も、質においては各自一騎当千の意気をもって、先に赦されたる恵を、未だ愛の神を知らざる西大阪に身を以て証しよう。
 神の愛の洪水よ、西大阪の煤煙を押流してしまえ。愛の洪水の中の一滴となり得る我等の光栄は身に余る。

 西大阪を神に捧げるため 11月14,15,16の三日間、於西九条青年会館、賀川先生による伝道講演会開催。
 西九条の伝道会に於て、新に信仰決心をなさった兄弟姉妹を11月18日(木)セツルメントに御招待申し上げ、午後7時から歓迎懇談会を開きました。
 11月21日(日)左の3兄姉が、賀川先生に依って洗礼をうけ、主の名に入れられ我等の同志に加えられました。冨樫正蔵兄、植田ふみ子姉、阪本凰子姉
 冨樫兄は、東京に於て賀川先生の下で働いて居られ、大阪に未だイエス団の創立されなかった3年も前から、一人大阪イエス団員と名乗って、大阪に行ってからでないと受洗しないと、ガン張って居られたのですが、今度賀川先生と共に西下され、受洗されたのです。かかる一騎当千の士を迎えて、我々は本当に力強く感じます。

 大阪イエス団教会会員名簿
 ―大阪イエス団にて受洗せられし人々
 藤谷延雄兄、田辺敏雄兄、羽生文彦兄、羽生静代姉、椋橋春子姉、村井みさ姉、高橋伝次兄、中勇四郎兄、冨樫正蔵兄、植田ふみ子姉、阪本凰子姉

 集会案内
毎日曜 午前6時より 早天礼拝
  同  午後7時より 伝道集会
毎木曜 午後7時より 聖書学校

 (この「会報」は2枚のガリ版印刷で、「西九条青年会館に於る伝道会人員」「伝道会会計報告」「イエス団各部報告(日曜集会報告・聖書学校・少年少女会・西成SS」ほかが綴られている。)



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